「うちの旅館・ホテルのInstagramも、界さんみたいな世界観のあるアカウントにしたい」——宿泊施設や飲食店のSNS担当者と話していると、必ずと言っていいほどこの言葉を耳にします。写真は毎回頑張って撮っている。投稿頻度も落としていない。それなのに、なぜか「その他大勢」から抜け出せない。フィードを開いた瞬間に「あ、これは界だ」とわかるような統一感や、思わず保存したくなる情報の詰まった投稿が作れない——そんなもどかしさを抱えている方は少なくないはずです。
その一方で、星野リゾートが展開する温泉旅館ブランド「界」のInstagramは、旅行・観光カテゴリの中でも「参考にすべきアカウント」としてたびたび話題に上がります。派手なキャンペーンやバズ狙いの企画があるわけではないのに、なぜ多くのユーザーに支持され続けているのか。本記事では、公開されている情報をもとに「界」の投稿の型・世界観のつくり方・エンゲージメント施策を分解し、業種を問わず自社アカウントに応用できるポイントに落とし込んでいきます。フォロワー数やエンゲージメント率といった裏付けの取れない数字は扱わず、あくまで「構造」と「再現可能な工夫」に焦点を当てます。
星野リゾート「界」というブランドを、SNS運用の視点でおさらいする
分析に入る前に、「界」がどういうブランドかを整理しておきます。「界」は株式会社星野リゾートが展開する温泉旅館ブランドで、「王道なのに、あたらしい。」というコンセプトを掲げています。全国各地に20を超える施設を展開しており、各施設にはその土地の伝統工芸とコラボレーションした「ご当地部屋」、地域文化を体験できる「ご当地楽」といった、施設ごとに異なる"ご当地"要素が組み込まれているのが特徴です(出典:星野リゾート公式サイトおよびPR TIMES掲載の同社プレスリリース)。
このブランド構造は、SNS運用の観点で見ると非常に重要な意味を持ちます。「界」は単一の施設ブランドではなく、"共通の世界観"の中に"施設ごとの個性"が内包された、いわば「統一感と多様性を両立させる設計」になっているのです。これは、複数店舗・複数拠点を持つ企業のSNS担当者にとって特に参考になる構造と言えます。

なぜ「界」のInstagramは支持されているのか|伸びている理由を分解する
「界」のアカウントが多くのユーザーに受け入れられている背景には、いくつかの構造的な理由があります。
1. 旅行検討層とInstagramの相性が非常に高いタイミングで運用されている JTB総合研究所が実施した「スマートフォンの利用と旅行消費に関する調査(2025)」(トラベルボイス掲載)によれば、旅行先の情報収集においてInstagramはLINE・YouTubeに次ぐ位置につけており、特にZ世代においては旅行先を探す際に最もよく使われるSNSとしてInstagramが挙げられています。つまり「界」は、旅行を検討している人が最も情報収集に使うプラットフォームで、最も刺さりやすい"画像・動画中心"のコンテンツを継続的に届けている、というタイミングの良さがあります。
2. 「保存したくなる情報設計」になっている 同調査では、若年層がInstagramの保存(ブックマーク)機能を使い、旅行先候補をまとめて後で見返す行動が広がっていることも指摘されています。「界」の投稿は、単なる客室紹介ではなく「ご当地部屋の意匠」「季節の情景」「食事の一皿」など、後から見返したくなる情報の密度が高く、保存されやすい構成になっていると分析できます。
3. SNS利用そのものが生活インフラ化している 総務省「令和6年版情報通信白書」によれば、インターネット利用者のうちSNSを利用している人の割合は8割を超える水準に達しています。SNSはもはや一部の人の趣味的なツールではなく、旅行検討・比較検討の主要な導線になっているという前提を踏まえると、「界」のような継続的な発信は、認知獲得だけでなく比較検討段階での「思い出させる」役割も担っていると考えられます。
投稿の「型」を分解する|界のフィードに共通するパターン
「界」の投稿を継続的に見ていくと、いくつかの明確な「型」が繰り返し使われていることがわかります。バズを狙った単発企画ではなく、型を作って反復することで世界観を積み上げているのが特徴です。
| 投稿の型 | 内容の特徴 | 狙い・効果 |
|---|---|---|
| ご当地部屋・意匠紹介 | 地域の伝統工芸とコラボした客室の細部を切り取る | 他の旅館にはない「その土地でしか見られない」独自性の訴求 |
| 季節・情景カット | 雪見露天、紅葉、新緑など季節感のある一枚 | 「今の季節に行きたい」という即時的な検討動機の喚起 |
| ご当地楽(体験)紹介 | 地域の伝統芸能・工芸体験の様子 | 宿泊だけでなく「体験価値」があることを伝え、滞在の解像度を上げる |
| 食事・会席料理 | 土地の名物食材を使った一皿の写真 | 味覚面での期待値を上げ、保存・比較検討を促す |
| 施設ごとの投稿の連携 | 各施設アカウント/タグ投稿が「界」全体の世界観を共有 | 一施設のファンをブランド全体のファンへ波及させる |
この型に共通しているのは、「毎回まったく違うことをしているわけではない」という点です。切り口のカテゴリ自体は数パターンに絞り込み、その中で「どの施設の、どの季節の、どの瞬間を切り取るか」を変えている。これにより、統一感を保ちながら投稿ネタが枯渇しない仕組みになっています。
世界観をつくる技術|ブランドトーンを崩さないための工夫
「界っぽい」と感じさせる要因は、被写体だけでなく「見せ方」の一貫性にあります。具体的には次のような要素が揃っていると考えられます。
- 色味・トーンの統一:暖色寄りで落ち着いた色調に揃え、施設が変わっても「同じブランドの投稿」だとわかるようにしている
- 引きと寄りの使い分け:建物や温泉の情景(引き)と、器・調度品のディテール(寄り)を交互に配置し、フィード全体に緩急をつけている
- 文言のトーン統一:煽り文句や過度な誇張を避け、季節や土地の説明を丁寧な言葉で添える、落ち着いたトーン
- 複数施設アカウントの緩やかな連携:施設ごとにアカウントや投稿の切り口の個性を残しつつ、コンセプトの言葉遣いやハッシュタグ設計は共通化する
特に複数拠点・複数店舗を運営する企業にとって、「本部が統一するべき部分」と「現場の裁量に任せる部分」の線引きは悩みどころです。「界」の構造は、①ブランドコンセプトと色味・トーンは統一、②被写体の選定と現場ならではのエピソードは各施設の裁量、という切り分けの一つの手本になります。
エンゲージメントを高める施策|ハッシュタグ・位置情報・UGCの使い方
旅行・宿泊業のInstagram運用で重要なのは、単発の「いいね」を稼ぐことではなく、宿泊の意思決定に至るまでの検討期間中に何度も想起されることです。「界」の運用から読み取れる工夫には、次のようなものがあります。
- 位置情報タグの徹底:施設ごとの位置情報を正確に付与し、「〇〇温泉に行きたい」という地名検索からの流入を取りこぼさない
- 施設名・ブランド名のハッシュタグ設計:「界」というブランド名と施設名を組み合わせたハッシュタグを継続的に使うことで、宿泊経験者の投稿(UGC)がブランドタグに集まりやすい状態を作っている
- 宿泊者の投稿を意識した"映える"仕掛けの事前設計:ご当地部屋や食事など、宿泊者自身が撮影・投稿したくなる被写体を意図的に用意しておくことで、公式発信だけに頼らない拡散経路を作っている
- 季節・行事に合わせた発信タイミング:紅葉、雪、桜など季節イベントに合わせて投稿を強化し、検討期間が短い「季節限定の旅行需要」を取りこぼさない
これらは特別な裏技ではなく、どの業種でも応用できる「地道な設計」の積み重ねです。むしろ、派手さがないからこそ再現性が高いとも言えます。
自社アカウントに応用する|明日から試せる実践チェックリスト
ここまでの分析を、自社・自店舗のInstagram運用にそのまま落とし込めるチェックリストにまとめます。業種が旅館でなくても、飲食店・美容室・小売店など「体験」や「場」を売る業種であれば応用可能です。
- 投稿の型を3〜5パターンに絞り込む 「情景」「ディテール」「体験」「商品・メニュー」など、自社に置き換えたカテゴリを決め、毎回ゼロから企画しない仕組みを作る
- 色味・トーンのルールを1枚のドキュメントにまとめる 彩度・明るさ・フィルターの方向性を言語化し、担当者が変わっても世界観がぶれないようにする
- 位置情報とハッシュタグを毎回セットで運用する 店舗名・地域名を組み合わせた固定タグを決め、投稿・ストーリーズ問わず必ず付与する
- 「保存したくなる情報」を1投稿に1つ以上入れる 単なる雰囲気写真で終わらせず、素材名・産地・体験時間など「後で見返す価値のある情報」をキャプションに添える
- お客様が撮りたくなる被写体を意図的に用意する 看板メニュー、内装のディテールなど、UGCが生まれやすいポイントを店舗側であらかじめ設計しておく
- 季節・繁忙期に合わせて発信量を調整する 需要が高まる時期の直前に発信を強化し、検討期間の短いユーザーを取りこぼさない
- 複数拠点がある場合は「統一する部分」と「任せる部分」を明文化する ブランドトーンは本部管理、被写体選定や日々の投稿判断は現場に委ねるなど、役割分担のルールを最初に決めておく
いずれも今日・明日から着手できる粒度に絞っています。特に1と2は、多くのアカウントが「なんとなく毎回考えて投稿している」状態から抜け出す第一歩になります。
他業種でも通用する「界」の運用思想
「界」の運用を俯瞰すると、根底にあるのは「奇をてらわず、型を作り、地道に積み重ねる」という姿勢です。バズを狙った一過性の企画ではなく、ブランドコンセプトに沿った投稿を継続することで、結果として「らしさ」が蓄積されていく。これは、フォロワー数の多寡にかかわらず、どんな規模の企業・店舗のアカウントにも当てはめられる考え方です。
特に重要なのは、「型を決める」ことと「その型の中で毎回違う魅力を見せる」ことを両立させている点です。型がなければ投稿のたびに世界観がぶれ、逆に型に固執しすぎると単調でつまらないアカウントになってしまいます。「界」はこのバランスを、施設ごとの個性(地域性)を型の中に取り込むことで解決しています。自社に置き換えるなら、「季節」「商品」「スタッフ」「お客様の声」など、自社ならではの"変数"を型の中にどう組み込むかを考えることが応用のポイントになります。
まとめ
星野リゾート「界」のInstagram運用は、特別な裏技やバズ狙いの施策によって支持されているわけではありません。①旅行検討層とInstagramの相性が高いタイミングでの発信、②保存したくなる情報設計、③投稿の型の反復による世界観の蓄積、④位置情報・ハッシュタグ・UGCを意識した地道な導線設計——これらの積み重ねが、結果として「らしさ」の感じられるアカウントを作り上げています。
自社アカウントに落とし込む際は、いきなり全てを真似するのではなく、まずは「投稿の型を3〜5パターンに絞る」「色味・トーンのルールを言語化する」といった、今日から着手できる部分から始めてみてください。同じ業種・異なる業種の運用事例をあわせて見ていくことで、自社に合った型がより見つけやすくなります。unyouでは旅行・宿泊業をはじめ、さまざまな業種のSNS運用事例を掲載していますので、ぜひ事例データベースもあわせてご覧ください。
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