「うちも老舗だから、伝統や職人技をアピールすれば伸びるはず」——そう信じてSNS運用を始めたものの、投稿を重ねるほど反応が薄くなり、気づけば「新商品入荷しました」の告知アカウントになっていた。心当たりのある担当者は少なくないはずです。特に飲食・食品業界では、味や体験という「言語化しにくい価値」をどう写真と文章に落とし込むかで、フォロワーの反応も、来店・購入への波及効果も大きく変わってきます。
そこで今回は、1717年創業という京都の老舗日本茶専門店でありながら、Instagramで独自の世界観を築いている「一保堂茶舗」の運用を分析します。単なる「素敵なアカウントですね」で終わらせず、投稿の型・アカウント設計・エンゲージメント施策を分解し、業種を問わず応用できるポイントとして整理しました。老舗ならではの強みをどう現代のSNS文脈に翻訳しているのか、その具体を見ていきましょう。
一保堂茶舗というブランドの背景
一保堂茶舗は1717年(享保2年)創業、京都・寺町通に本店を構える日本茶専門店です。長年培ってきた「お茶の淹れ方」「産地とのつながり」「茶葉の目利き」といった専門性に加え、近年は東京・丸の内店、2025年8月29日には新たに青山店をオープンするなど、店舗展開も積極的に進めています。
老舗ブランドがSNSで陥りやすい失敗は、「伝統」や「歴史」をそのまま押し出しすぎて、投稿が博物館の展示解説のようになってしまうことです。しかし一保堂茶舗のアカウントを見ると、歴史や専門性を「今日の暮らしにどう活かすか」という生活者目線の切り口に変換していることが分かります。これは老舗・伝統産業に限らず、専門性の高い商材を扱うすべての事業者にとって参考になる視点です。

一保堂茶舗のInstagram運用の全体像
一保堂茶舗のInstagram運用で特徴的なのは、目的別にアカウントを分けている点です。ブランドの世界観や商品情報を発信するメインアカウント「一保堂茶舗 Ippodo Tea(@ippodotea)」に加えて、「一保堂茶舗|お茶の時間(@ippodotea_events)」というサブアカウントを運用しています。
サブアカウントでは、季節のお茶、淹れ方、食事やお菓子・器との組み合わせなど、「お客さまと過ごしたお茶の時間の記録」というテーマに特化した投稿が行われています。メインアカウントがブランド全体の顔だとすれば、サブアカウントは「お茶のある暮らし」という体験価値をより深掘りするための場として機能していると考えられます。
この「メイン+テーマ特化のサブ」という設計は、次のようなメリットを生みます。
- メインアカウントの投稿テーマがぶれず、フォロワーが「何のアカウントか」を迷わない
- サブアカウントでニッチな関心層(お茶の淹れ方や器の合わせ方に興味がある層)に深くリーチできる
- 投稿頻度を分散でき、どちらかが「告知だらけ」になるのを防げる
複数アカウント運用はリソースが必要になるため誰にでもすぐ真似できる施策ではありませんが、「メインアカウントの中でテーマ別にハイライトやシリーズ企画を分ける」という形であれば、単一アカウントでも応用可能です。
投稿の「型」を分解する
一保堂茶舗の投稿を観察すると、大きく分けて次のような「型」が繰り返し使われていることが分かります。
| 投稿の型 | 主な内容 | 狙い |
|---|---|---|
| 淹れ方コンテンツ | 茶葉ごとの適切な湯温・抽出時間・急須の使い方 | 専門性の証明、購入後の満足度向上 |
| 季節のお茶紹介 | 新茶・季節限定茶・行事にまつわるお茶の紹介 | 季節感の演出、定期的な来店・購入動機づくり |
| 食・器とのペアリング | 和菓子やお菓子、器との組み合わせ提案 | 生活シーンへの落とし込み、保存・シェアされやすい実用情報化 |
| 店舗・オンライン教室の案内 | 新店舗オープン、お茶の淹れ方教室の告知 | 体験機会の提供、ファン化の促進 |
この型で共通しているのは、単なる商品紹介で終わらせず、「どう使うか」「どう暮らしに取り入れるか」という生活者目線の情報が必ずセットになっている点です。これは食品・飲食業界に限らず、アパレルなら「着こなし」、雑貨なら「使い方・飾り方」のように、どんな業種でも「商品×生活シーン」という型に置き換えて応用できます。
世界観のつくり方——写真・トーンの一貫性
一保堂茶舗のもう一つの強みは、写真のトーンと構図の一貫性です。茶葉や茶器のクローズアップ、和室や庭を思わせる余白のある構図、光の入り方まで含めて「静けさ」「間(ま)」を感じさせる写真が続きます。派手な加工やテキスト装飾に頼らず、被写体そのものと余白で世界観を作っているのが特徴です。
これは老舗ブランドだからできることではなく、次の3つのルールに分解すれば、規模の小さい店舗でも再現可能です。
- 色数を絞る(背景色・器の色・光の色温度をブランドカラーに寄せる)
- 「引きの写真」と「寄りの写真」を交互に配置し、単調にしない
- テキスト情報(商品名・価格・淹れ方の手順)はキャプションや別カルーセルに逃し、写真自体はビジュアルの完成度を優先する
Instagramは「保存」される投稿ほどアルゴリズム上も評価されやすいプラットフォームです。実際、飲食店探しに関する調査では、SNSや動画サイトで気になる飲食店に出会うと回答した人が約8割にのぼり、そのうち7割がInstagramに、6割がGoogleマップに情報を保存すると回答しています(ファストマーケティング「飲食店の選び方」調査、PR TIMES掲載)。「あとで見返したい」「誰かに教えたい」と思わせる実用性の高い写真・情報設計は、保存行動に直結する重要な要素だと言えます。
エンゲージメントを生む施策
一保堂茶舗のアカウントでは、次のような施策がエンゲージメント(保存・シェア・コメントなどの反応)を生む土台になっていると考えられます。
- 実用情報の常設化:「淹れ方」はハイライトやシリーズ投稿として蓄積し、フォロー後もいつでも見返せるようにしている
- 季節性の設計:年間を通じて「今の季節にふさわしいお茶」を提案し続けることで、フォロワーが定期的にアカウントを訪れる理由をつくっている
- オンライン教室・体験の告知:投稿を「見て終わり」にせず、オンライン教室のような双方向の体験導線につなげている
- リアルな動きとの連動:2025年8月の青山店オープンのように、実店舗の動きと連動させることでオンラインとオフラインの体験を接続している
これらは「バズらせる」ための施策ではなく、「一度フォローしたら外れにくい」状態を作るための地道な積み重ねです。SNS運用というと拡散力に注目しがちですが、老舗ブランドの運用から学べるのは、むしろ「継続的に見返される理由」を設計する視点の方です。
なぜ飲食・食品ブランドにとってInstagramが有効なのか
数字の面からも、飲食・食品業界とInstagramの相性の良さは裏付けられています。
- 総務省「令和6年通信利用動向調査」によれば、インターネット利用者のうちSNSを利用している人の割合は81.9%に達しています。
- Meta(旧Facebook)は2019年6月、日本国内のInstagram月間アクティブアカウント数が3,300万を突破したと公式発表しています(Meta公式ニュース「Instagramの国内月間アクティブアカウント数が3300万を突破」)。その後、Metaはプラットフォーム別・国別の単独数値を継続的には開示していないため、最新の正確な国内利用者数は非公表ですが、この発表自体は事実として押さえておきたいポイントです。
- 飲食店選びに関する調査では、SNSや動画サイトで気になる飲食店に出会うと回答した人が約8割、Instagramに情報を保存すると回答した人が7割にのぼるという結果が出ています(ファストマーケティング調べ、PR TIMES掲載)。
これらのデータが示すのは、「Instagramはすでに、店を探す・選ぶ・記憶しておくための実用インフラになっている」という事実です。老舗であっても新興ブランドであっても、この土俵に乗らない理由はありません。
明日から試せる実践チェックリスト
一保堂茶舗の運用から抽出したポイントを、自社アカウントにそのまま当てはめられるチェックリストにまとめました。
- 直近10投稿を並べて見返し、「商品紹介」だけの投稿が何割を占めるか数えてみる(半分を超えていたら要注意)
- 「淹れ方」「使い方」「食べ方」など、購入後・利用中の生活シーンを見せる投稿を1本追加してみる
- 写真の色数・背景・光の色温度を3枚並べて比較し、バラつきがあれば撮影ルールを1枚のメモにまとめる
- よく聞かれる質問・使い方のコツをハイライトとして常設し、フォロー後すぐ見返せる状態にする
- 季節・行事に合わせた投稿企画を、年間カレンダーとして先に組んでおく
- メインアカウントの投稿テーマがぶれてきたと感じたら、テーマ別のシリーズ企画(ハッシュタグや固定フォーマット)で整理する
- 実店舗・イベントの動きがあれば、オンライン投稿と必ずセットで告知する
すべてを一度に実行する必要はありません。まずは1つ目と2つ目のチェック項目——「商品紹介偏重になっていないか」「生活シーンを見せる投稿があるか」を確認するところから始めてみてください。
他業種の運用事例からも学ぶ
一保堂茶舗のような専門性の高い老舗ブランドの事例は、同じ食品・飲食業界だけでなく、伝統工芸・アパレル・美容など「専門性」や「世界観」を武器にする業種全般にとって参考になります。unyouのSNS運用事例データベース(/cases)では、業種・目的別により多くの実例を確認できます。自社と近い業種・規模のアカウントを探し、投稿の型や運用体制を比較してみることで、今回紹介したポイントをより具体的な打ち手に落とし込みやすくなるはずです。
まとめ
一保堂茶舗のInstagram運用が支持されている背景には、派手な施策ではなく、「専門性を生活シーンに翻訳する投稿の型」「写真と世界観の一貫性」「見返され続ける実用コンテンツの蓄積」という地道な設計の積み重ねがあります。老舗ブランドだからこそできることのように見えますが、その本質は業種や規模を問わず応用可能な考え方です。まずは自社アカウントの投稿を振り返り、今回のチェックリストから1つずつ試してみてください。
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